映画「ミュンヘン」モサドについて考える
数あるスティーヴン・スピルバーグ監督の作品のなか最高傑作と呼んでいい。
物語は1972年のミュンヘンオリンピック事件と、その後のイスラエル諜報特務庁(モサッド)による黒い九月に対する報復作戦を描く。ジョージ・ジョナスによるノンフィクション小説『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録』が原作。シリアスな物語ゆえに物議がたえないが、ミステリー映画の秀作。
黒澤明の「天国と地獄」を彷彿とさせる名シーンが多いのは、スピルバーグ監督が黒澤の映画技術をよく学習しているからだろう。
なによりアヴナー役のエリック・バナの演技がすごい。
はじめ、こんなひ弱な青年が暗殺グループのリーダーに、と思うが、
ラストでは狂気の殺戮者に変貌している。
スピルバーグが、「暗殺に手を染めていくことで精神的に病んでいく主人公達の苦悩を描きたかった」と語っているようにその演出はすざまじいものであったろうし、エリック・バナはよく答えている。
ちょうど「オデッサファイル」を読み「ペイドバック」を観た時期であり、イスラエルのモサドを知ることが多かった。
ユダヤ人のナチ残党狩り組織がいつのまにかアラブ狩り組織に変容している。
ユダヤ人が持つ強迫観念と復讐心は歴史上の不条理でなにびとも説明できない。
「これは合法ですよね」
と念を押すメイア首相にだれも答えられない。
ラスト、2005年映画製作時にはもはや存在しないはずの貿易センタービルがあらわれるのは、
止められない現代の悲劇のスパイラルを暗示している。