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浅見光彦アーカイブス(91)「贄門島(にえもんじま)」

生贄


贄門島 上贄門島 上
(2003/03)
内田 康夫

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「紗枝子は重苦しい夢をみていた。

真っ暗な中に、ゆらゆら揺れる怪しいものの影がある。いや、揺れているのは光なのかもしれない。

どっちにしても、形が曖昧でおぼろげな、得体の知れないものである。

呻くような、歌うような、忍び泣くような、声なのか物音なのかもはっきりしないものが、揺らめくものの向こうから聞こえてくる。」

人気作家内田康夫さんの「贄門島(にえもんじま)」はこう始まります。

浅見光彦シリーズを永く読んでいる読者には、プロローグのこの書き出しの調子で傑作かどうか、だいたい判断できます。なぜなら作者の手順では最後に書かれたエピローグであることを承知しているからです。

房総半島の突端に位置する美瀬島の、生贄を海に捧げるという奇怪な風習?と連続殺人事件。

「贄門島」は全シリーズのなかでベスト5にはいる傑作といえます。

さて、内田康夫さんの小説とりわけ浅見光彦シリーズをミステリーの邪道と揶揄する評論家もいますが、

ミステリー小説は娯楽作品、無我夢中に読んでさわやかな読後感、満足感が得れればいい訳です。

ところがこれを何十年続けるとなると意外と難しい。

内田康夫さんの真骨頂はその「さわやかさ」ルール、

ミステリーである以上おぞましい殺人事件が主題ですが、死体についてはあまり語らない、犯人にも同情をよせる性善説、とくに舞台となる地域への配慮、「さわやかさ」ルールのためならプロットもトリックも犠牲にしているように読めます。

ですから出張中の列車の中で、お昼の休憩時間に読んでもあとを引かない、いわば現代の「源氏物語」。

主要作品はテレビドラマ化され、いまや知らぬものなしの国民作家、文化勲章授与もいいのではないでしょうか。

そして、やさしい文体ゆえのもっとも大きな誤解ですが、名文家であり天才小説家であります。