スクラップアンドビルド
「今日は家におると?」
この絶妙な長崎弁のセリフで物語は動き出します。
「早う死にたか」
毎日のようにぼやく祖父の願いをかなえてあげようと、
ともに暮らす孫の健斗は、ある計画を思いつく。
日々の筋トレ、転職活動。
肉体も生活も再構築中の青年の心の内は、衰えゆく生
の隣で次第に変化して……。
うまいですね、
まるで古今亭志ん生の落語「品川心中」「黄金餅」を聴かされたような、
ちょっと残酷でなおかつ可笑しい人間の業をさりげなく語っています。
多くを語らない、
だから読者に老醜も見せないし悪臭も嗅がさない。
祖父も母も、健斗さえその人物像は語っていない。
しかし読者は知らないようでよく知っています。
周到に仕掛けられた言葉の罠か、
煙に巻く小説家のユーモアか、
スクラップアンドビルドなるほどと落語落ちで幕を閉じました。
しかし、
高齢者支援という立場からするとちょっと問題のある作品となります。
作者にとって「スクラップアンドビルド」での芥川賞受賞は将来に禍根を残すでしょう。
祖父は虚弱高齢者、いわゆるフレイル状態でしょう。
母親の冷淡な対応は祖父を要介護へ追いやるでしょうし、
健斗の対応は大腿骨頚部骨折ですぐ寝たきりになる可能性があります。
介護福祉の現場に対して作者の皮肉は実に後味の悪いものです。
老人問題を扱った小説では「楢山節考」や 「恍惚の人」の名作がありますが、
それぞれ死に向かう人間の尊厳を厳粛に問う配慮が行き届いています。
下ネタ狙いの漫才よろしく高齢者支援を笑い飛ばしては昨今の若者気質そのままで大人は救われません。