「靄の旋律」アルネ・ダールの魅力
「ピアノが上へ下へ、前へ後ろへのんびりと歩きはじめたとき、彼女が部屋に入ってきた。
隣に潜り込んできた彼女の背中に腕をまわす。ふたりは見つめあった。
ふたりのまなざしは同じだった。
ふたりの世界は、救いようのないほどに隔たっていた。
彼女の息遣いを胸に感じ、サックスがピアノと合流するのを耳にした。
謎(ミステリー)は解けたが、靄(ミスト)が残っている。
『ミステリオーソ』
ふたりの散歩が終わりを告げ、サックスが身を振りほどいた。」
ヘレン・ハミル美穂 訳
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ラストはこうです。
海外ドラマ「靄の旋律」を観ていなければ、おそらく読まなかったミステリー小説でした。
めずらしいことですが、原作よりドラマのほうがよく出来ている傑作ドラマでした。
それは例えば原作では男性の班長役を女性役に振りかえ現代性を出すなど、脚色に周到な工夫があります。
原作のパッチワークのような複雑な物語の展開も、テレビドラマだからこそわかりやすいのです。
ミステリー小説を先にテレビドラマで観てしまうのは本来禁じ手です。
でもこの本に限っていえば、原作を先に読めるかといえば、
散りじりのアラベスクに翻弄されて読み終えることが困難であったでしょう。
それがよく出来たこのミステリーが日本ではヒットしない理由でしょう。
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いっぽう、なつかしいジャズ喫茶のようにセロニアス・モンクのピアノの音色が聴こえるのは小説のほうです。
おもわず屋根裏から埃のつもったレコードを取り出してしまいました。
ことほどさように、じつに凝ったにくい作風なのです。
本国ではシリーズは十冊発表されているそうですが、日本語訳が出ません。
ここはヘレン・ハミル美穂さんにがんばってもらいましょう。