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「市塵」にみる儒家思想

藤沢周平さんの時代小説にいわゆる「史伝もの」というジャンルがあります、あまり多くはないのですが。

たとえば「一茶」たとえば「漆の実のみのる国 」たとえば「白き瓶」そして本作「市塵」

ただ、それらは稀代の名文家とよばれた先生にして必ずしも成功しているとはいえないようです。

おそらく藤沢さんご自身も書きにくい不得手なものとの自覚はあったろうと思います。

それゆえに、それぞれ「書かねばならない」という屈託した理由があったのではないでしょうか。


市塵(上) (講談社文庫)市塵(上) (講談社文庫)
(2013/02/25)
藤沢周平

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さて「市塵」は儒家であり政治家である新井白石の「折りたく柴の記」までの正鵠な史伝文学です。

藤沢文学に通底するのは儒教にいう「仁」の思想でしょう。

どの作品も、いまの日本の庶民がわけ知らずもっている良心に静かに訴えかける、そういう展開です。

もちろん藤沢さんは儒教について専門家はだしの教養をお持ちであったでしょう。

だからこそ本当の儒家思想とはなにかに屈託された。

白石の儒学を木下順庵門下ではあるが藤原惺窩、林羅山の系譜ではなく、

それとなく中江藤樹や熊沢藩山に近いと説明しています。

表題の「市塵」は一見、白石が隠棲した千駄ヶ谷柳町の市井ぐらしから名づけたようにみえますが

藤沢さんの本音は、このあとにくる伊藤仁斎荻生徂徠の本当の「市塵」儒家たち、

その先駆けとしての新井白石を話したかったのではなかろうか、と思います。