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ノーベル賞(その1 利根川進) 「免疫の意味論」から

「抗体という分子は、抗原が入ってくるとそれに対応した立体構造を持つタンパク質として合成される。

抗原という鍵に対して、抗体という鍵穴が作り出されるなどとは教科書ではあっさり述べられているが、

それは遺伝学的にもタンパク質化学からも驚天動地のことなのである。

抗体の立体構造の一部が抗原に応じて変わるためには、遺伝子のレベルで何か特殊なことが起こっていなければならない。

その問題を解いたのが、利根川進である。」   多田富雄 「免疫の意味論」

                   

免疫の意味論免疫の意味論
(1993/04)
多田 富雄

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とにもかくにも、科学音痴の私は、例えばある科学理論が頭で理解できたとしても、おなかの中にストンと落ちた感じ、いわゆる「腑に落ちた」というところまで行かないと、「わかった」、とならない鈍感さなのです。

「腑に落ちた」科学書の一冊が多田富雄先生の「免疫の意味論」でありました。

はじめて先生を知ったのは「能」学者としてです、頭の「脳」ではなく、舞い踊る「能」の方です。

能好きのわたしは、能に造詣が深い白洲正子さんとの対談集や多田さんの能に関する著作をよく拝見していました。

「免疫の意味論」は毎日新聞文化賞を受賞された傑作でベストセラーにもなりましたので、なんとなく読みはじめておもしろくて止まらず一晩で読みきりました。難解な免疫学が「腑に落ちた」のです。

人間というのは生まれてから今日までの、やれ虫に刺された、やれ風邪を引いたの具体的履歴書を抗体という形でいちいち全部記録していること、SF小説に出てくるフランケンシュタインのような人造人間は絶対出来ないことなど、免疫学の「いろは」がわかったのです。

ただこの本に「遺伝学的にもタンパク質化学からも驚天動地のこと」「その問題を解いたのが、利根川進である。」のことはすっかり抜け落ちていました。

ところが1987年度のノーベル医学賞を利根川先生が受賞し、1990年に立花隆さんとの共著で「精神と物質」を出版され、わたしが読んだのは2003年になってからです。

「じゃあ、こういう結果が出て、びっくりですか。」

「うん。はじめてこのデータみたときは、ほんまかいなと思いました。」

「ありうべからざることが起きたと、わが目を疑うという感じですか」

「いやそうじゃない。そんなことはあるまいと思っていたけど、心の片隅ではもしかしたらあるかもしれないとも思っていたけわけですよ。

あったら面白い。

あったら抗体の多様性の説明にもつながるかもしれないわけだからね。

ほんまかいな、という思うと同時に、ほんまならこんなけっこうなことはないと思ったわけです。

こんなうまい話があるものだろうかと」

                   

精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか
(1990/06)
立花 隆、利根川 進 他

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「精神と物質」もストンと腑に落ちた。

「免疫の意味論」は1993年の初版である。あれから十年後の邂逅でった。

生殖細胞から体細胞にいたる過程で、遺伝子組み換えが起きる、多田先生のいう「驚天動地のこと」とはそいうことだった。