「ジェノサイド」高野和明
サイエンスフィクションでこの種の感動を覚えたのは、ずいぶん昔のことのように思い出されます。
およそ50年前、マイケル・クライトンの出世作「アンドロメダ病原体」を読んだあの時の興奮がよみがえりました。
有り得そうで有り得ない、有り得ないようで有りうる話、その狭間のフェイクがおもしろい。
「ジェノサイド」の一端、インターネットのRSA暗号の一般論を語ったあと、
「これはおそらく杞憂でしょうが、現代暗号には問題もあるんです。もしも天才的な数学者が現れて、素数の組み合わせを見破る画期的な計算手順を編み出したら、インターネット上の安全は一瞬にして崩壊します。国家機密までが筒抜けになってしまう。
たった一人の天才が、サイバー戦争を制して世界の覇権を握ることになりかねない」
「それは現実に起こり得る話か」
「専門家の間では、そんな計算手順は見つからないだろうという意見が大半です。しかし数学的に証明されたわけではありません。
素因数分解の新たな手法が発見されるリスクは残ってます 」
そんな天才の出現は杞憂でしょうが、コンピュータ演算処理能力の格段の進歩は現実です。某国が秘密裏に量子コンピュータを実現していたということは有り得ます。
マイケル・クライトンが「アンドロメダ病原体」での科学的データはすべて創作であると打ち明けたのは発売から10年過ぎてのこと、読者を煙に巻いてしまいました。
「ジェノサイド」では読者が「ハイズマンレポート」は実在するのか?「肺胞硬化症」とは?と作者高野和明さんに訪ねても、
「さあ?」ととぼけることができれば、作家冥利に尽きるでしょう。
今すぐにも原作のままハリウッド映画になりそうなエンターテインメント小説ですが、著者はご自分でプロデュースしたい夢があるのではないでしょうか。